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ひとり闇鍋

自意識の墓場です

おんがく

日記 音楽

 1年以上ぶりの全感覚祭はめちゃくちゃに寒くて、厚着をしてこなかった私が悪いんだけど、いつまで経っても野外ライブという気分になれなかった。去年と同じところへ同じ人と来るなんて、実はものすごい奇跡のはずなのに、そんなことどうでもよくなるレベルの寒さだった。
 それでもNUUAMMのライブは素晴らしくて、子供の持つ純粋な残酷さ・暴力性みたいなものがしぼんだ心臓にあたたかな血液を送ってくれた。綿菓子の中に隠された手榴弾をかじってしまわないように、細心の注意を払って甘いところだけ食べたけど、まぶたの裏に火花がチカチカ散るイメージ。
 ちいちゃい青葉市子ちゃんが指先をホッカイロであたためあたため、クラシックギターを爪弾く姿が印象的で、マヒトは天使みたいにきれいで、春よりも冬が似合うふたりだなと思った。

 

 NUUAMMのライブが終わった途端に寒さが限界点を突破し、私たちは会場を抜け出して近くのショッピングセンターでお昼ご飯を食べたりペットショップで猫を見たりした。私は猫アレルギーだけど、そのお店には比較的アレルギーが出にくいというベンガルの子猫がいた。抱かせてもらうと、子猫は私のコートとマフラーにちんまい爪を立ててガッシリ張り付いたので「ほら、ブローチ」と笑いながら彼氏に見せたけど、意味が分からなかったのか無視された。元ネタはいくえみ綾の『ブローチ』なんだけど、私はあの漫画がすごく好きだ。
 春がきたら私たちは猫を飼うだろう。2人だけの生活が終わってしまうのは少し寂しいような気もする。

 

 ライブ会場に戻るとやっぱり寒くて、それでも彼氏が観たいと言っていたテニスコーツが終わるまでは頑張ろうということになった。
 あるバンドが出番を迎えると、ステージの周りが一気に騒がしくなった。お酒を飲んでいる人たちも多かっただろう、激しいモッシュが始まり、私はそれを少し離れたところでぼんやり眺めていた。突如、前方から視界に飛び込んできた黄色い放物線。キリンのビールケースだ、と認識するまでに人だかりはサッと割れ、なぜか私の目の前を歩いていたおばあさんの顔にそのビールケースが直撃した。すぐにスタッフによっておばあさんは会場の隅で介抱されていたけれど、音楽は鳴り止まないどころか熱狂が加速するばかりだった。誰もおばあさんの存在に気付いていない。
 あ、これダメなやつだ、と思った。今までひとつの塊のように見えていた観客たちがいきなり鮮明になって、ひとりひとりの顔を認識してしまった。腕を突き上げ、目をギラギラ光らせ、歯をむき出しにして音に酔う彼らが知らない動物みたいでこわかった。生まれてはじめて、音楽を嫌いになるかもしれない、と思った。
 私がおばあさんの前にいればよかった、なんですぐに飛び出してかばうことができなかったんだろうか、という後悔がいつまでもグルグル回って気持ちが悪かった。彼氏と何か話したような気もするけど「帰りたい」と言ったこと以外よくおぼえていない。
 

 いつしか熱狂はひっそりと静まり、周囲の観客にならって私たちは紙芝居を待つ子供みたいに地べたに座ってステージを見つめた。テニスコーツのライブが始まった。夕焼け色のニットを着たステージ上のさやさんは、肩が直角になるほど寒さで体をこわばらせていたのに、歌声はびっくりするほど伸びやかだった。何曲目かにふたりは『上を向いて歩こう』を演奏した。

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 1週間前に亡くなった祖母が入院していた病棟で、入院患者のおばあさんたちが夕方になると談話室に集まってこの曲を歌っていたのを思い出した。病院のある川沿いにはオンボロのラブホテルがたくさん並んでいて、人の究極の生き死にがこんなにも隣り合わせにあるのがなんだか面白くて切なかった。つい数週間前の私はそんなことを考えていたのに、すっかり忘れていた。ステージの後ろに広がる黄金色の空には雲が細くたなびき、歌声に合わせてするすると心がほどけていく。
 ビールケースにぶつかったおばあさんがスタッフたちに支えられるように座っていた場所を見ると、おばあさんはもういなかった。そんな場合じゃなかっただろうけど、この曲を聴いてほしかった。どうか彼女が音楽を嫌いになりませんように、と思う。大げさかもしれないけれど、私にとって間違いなく音楽に傷つき、音楽に救われた1日だった。

(2016年12月12日のnote「おんがく」転載)